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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)253号 判決

控訴人 株式会社加藤商店

右代表者代表取締役 加藤健市

右訴訟代理人支配人 岩切勉

被控訴人 株式会社七福相互銀行

右代表者代表取締役 志茂源吉

右訴訟代理人弁護士 森茂

被控訴人 但陽信用金庫

右代表者代表理事 山田頼三郎

右訴訟代理人弁護士 沢田剛

右訴訟復代理人弁護士 段林作太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人の原審口頭弁論手続が違法であるとの主張について。

一、控訴人は原審の昭和三五年一二月二六日午前一一時の期日呼出状ならびに被控訴人但陽信用金庫の昭和三五年一一月二一日付準備書面および被控訴人株式会社七福相互銀行の答弁書の控訴人に対する送達に用いられた封筒のあて名に、岩切勉という個人が表示されているだけで、その肩書きに控訴人の代理人である旨の表示がないから、右送達は控訴人に対する送達ということはできず、控訴人に送達すべきものを誤つて訴外の岩切勉個人に送達したものというべきである。よつて、控訴人に対し期日呼出状を送達しないでなした右期日の口頭弁論は違法である。また、控訴人が出頭していない右期日において、控訴人に送達されていない右準備書面ならびに答弁書にもとづいてなした口頭弁論は違法である、と主張する。

しかし、およそ、送達は、法定の形式で特定の名あて人に対し、訴訟上の書類を交付してその内容を了知させ、または、了知する機会を与える裁判権の命令的および公証的行為であつて、その性質は、独立の訴訟行為ではなく、一種の仲介的行為であると認められる。送達をなすには、法定の形式をふんで交付すべき書類を送達名あて人に交付し、または、その内容了知の機会を与えれば足りる。そして、訴訟代理人があるときは、送達は、右代理人に対してなすのを通例とし、この訴訟代理人に対する送達は、同人の住所、居所、営業所又は事務所においてなすのである(民事訴訟法第一六九条第一項本文)。したがつて、この要件が履践されているかぎり、その名あて人が訴訟代理人という資格において、その送達の名あて人である場合においても、送達書類そのものではなく、それを内包する封筒に、名あて人を表示するに際しては、必ずしも右資格を名あて人の肩書に表示する要はないものと解すべきである。けだし、この肩書資格の表示を封筒に欠く場合は、そのかぎりにおいて、訴訟代理人自身に対するものか、訴訟代理人という資格において送達されたものかの区別ができないか、送達という仲介的行為によつて仲介された訴訟行為が、なんびとに対し、いかなる効力を生ずるかもしくは効力の有無は、その受送達者に了知されまたは了知の機会を与えられた書類の記載内容およびこれと受送達者との関係において決せられた問題であるからである。

ところで、記録中に存する訴訟会社に関する大阪法務局登記官吏宇賀田千代蔵作成の昭和三五年一〇月三日付登記事項証明書ならびに天王寺郵便局集配人岡一美作成の同年一二月一日付郵便送達報告書による、控訴会社支配人岩切勉に対する前記期日呼出状ならびに前記準備書面および答弁書は、いずれも、控訴会社の支配人である岩切勉が、昭和三五年一二月一日、同人の住所である大阪市天王寺区細工谷町四三番地において受領していることが明らかである。そうすると、前段説明に照らし、前記各訴訟書類は適式に控訴会社の支配人である岩切勉を送達名あて人として、かつ正当な送達場所において送達されたものであり、これらを受領した岩切勉は、右訴訟書類の記載によつて、これらが岩切勉個人に対するものではなく、控訴人に対するものであることを知り得たものと認めるほかないから、右各書類の送達にはなんらのかしはない。よつて、右呼出状、準備書面、ならびに答弁書が控訴人に送達されていないことを理由に原審の昭和三五年一二月二六日午前一一時の口頭弁論期日における弁論が違法であるとする控訴人の主張は採用できない。

二―四 ≪省略≫

本案について。

まず、不当利得返還請求について。

控訴人が支払つたと主張する為替手形が特定されていないのみならず、右為替手形金を支払つた事実の立証がないから、その余の争点について更に判断を加えるまでもなく、本訴請求は失当である。

次に、債務不存在確認請求について。

控訴会社の営業目的が控訴人主張のとおりであることは、当事者間に争いなく、被控訴人株式会社七福相互銀行が原判決添付の訴状物件の表示記載の(一)ないし(三)の為替手形を、被控訴人但陽信用金庫が同記載の(四)の為替手形をそれぞれ所持していることは各被控訴人において明らかに争わないから、いずれもこれを自白したものとみなす。

控訴人は、原判決添付の訴状物件の表示記載の為替手形は、控訴会社の代表取締役である訴外加藤健市が個人の資格で訴外船田酒造有限会社のために控訴会社より借りて融通してやることになり、昭和三五年一月二一日、控訴会社の取締役会を開催し、その承認を受け、右為替手形に裏書しないままで控訴会社に交付し、訴外加藤健市が控訴会社から借るということでその引受けを受けたものであるが、右取締役会の承認の決議は控訴人主張のようなかしがあつて無効であるから、控訴人は右為替手形金を支払う義務がないと主張する。

手形行為は、その原因関係上の権利とは別個に、それによつて手形上の権利を発生取得させるものであるから、株式会社と取締役との間に利害の対立が生ずるかぎり、その手形行為は、商法第二六五条の適用を受けるものと解する(ただし、善意無過失な手形の第三取得者は保護されるべきであろう)。ところで手形の引受行為がその会社の取締役との間における同条所定の自己取引たるには、会社が取締役個人またはその取締役によつて代表される他の会社もしくはその取締役によつて代理される第三者を所持人または手形署名者とする為替手形に引受けをする場合であることを要するものというべきである。けだし、手形の引受けは、為替手形の支払人が手形債務を負担することを目的としてなす単独行為であり、引受けによつて、引受人は手形所持人に対し主たる債務者として満期にその引き受けた手形金額の支払をなす義務を負うに至るし、手形の最後の所持人のみならず、償還をして手形を受け戻したすべての前者に対して、将来の請求権たる受戻しによる償還請求権を取得させる。(手形法第二八条、第四八条、第四九条)。したがつて、取締役個人または取締役によつて代表もしくは代理される第三者が手形の所持人または手形署名者であるときは(引受後の手形署名者が商法第二六五条の場に関係を有しえないことは自明であろう)会社がその手形を引き受けることによつて会社の利益を害するおそれがあるから、本条の制限に服する必要があるとしなければならないのである。しかしながら、これに反して、自己の取締役個人または取締役によつて代表もしくは代理される第三者が手形の所持人または手形の署名者でない手形について、会社が引受けをしたとしても、右引受けは、同条の制限に服する取締役の自己取引にはあたらないというべきである。なんとなれば、右引受けによつて、その引受けのときにその取締役または第三者に手形上の権利を発生取得させる理はなく、商法第二六五条の制限の対象たる取引の実態を有し得ないからである。

そこで、本件についてみるに、控訴会社が原判決添付の訴状物件の表示記載の為替手形の引受けをする当時、控訴会社の代表取締役である加藤健市個人または同人によつて代表もしくは代理される第三者が右為替手形の署名者となつていたこと、また右加藤健市個人または同人によつて代表もしくは代理される第三者が手形所持人として控訴会社から右為替手形の引受けを受けたことの主張がない。そうすると、前段に説明したところにより、右引受行為は、商法第二六五条の制限に服する取締役の自己取引にあたるものとみることはできない。

よつて、控訴人の右引受行為が商法第二六五条の制限に服する取締役の自己取引にあたることを前提とする主張は理由がないこと明らかである。

次に控訴人は、原判決添付の訴状物件の表示記載の為替手形については、訴外岡部稔と控訴会社の代表者である訴外加藤健市との間の仲裁判断によりその支払いを差め止められているから、支払義務がないと主張する。しかし、かりに、控訴人主張の右仲裁判断があつても、右仲裁判断の既判力の主観的範囲は、その当事者に限られるのであつて(民事訴訟法第八〇〇条)、当事者でない被控訴人らの権利が右仲裁判断によつて制限を受けるいわれはない。よつて、控訴人の右主張は理由がない。

そうすると、控訴人の本訴請求は、失当として棄却すべく、これと同趣旨の原判決は結局相当である。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 北後陽三)

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